日本語301の最後のブログ
皆さん、
こんにちは。冬休みが違いし、外では雪が降っていて、私の窓からの景色がとてもきれいです。秋がいよいよと終わり、白くて少し厳しい冬が来ました。この景色と理解はののみやという能楽の話のろくじょうと言う役の和歌の言葉を思い出します:
秋は終りて、
冬の風吹きすさぶ。
目に染みるほどの色も鮮やか、
今はもはや消え失せたり。
昔を偲ぶよすがは何ぞや。]
「Autumn has drawn to a close
And the harsh winds blow;
Colors so brilliant
They pierced the senses
Have faded and vanished;
What remains now to recall
The memories of the past.」
上の和歌の言葉と同じく、季節の移り変わりと学期の終わりはいつも複雑で、切ない感じがします。日本語301を取ったおかげで、たくさん学びましたし、いい思い出もできました。新しい学期や出会いの期待がドキドキとワクワクに感じますが、心のどこかでもう皆さんと日本語301の授業で会えないことが寂しいに感じます。最後の授業の日、皆さんからのコメントをもらうのがとてもかわいくて、美しくて、嬉しくて、素敵なものでした。
日本語301の授業で日本の文化や地理や技術やインスタントラーメンや日本語について色々なことを学びました。もちろん、皆さんと先生のおかげで日本の伝統的な物やポップカルチャーや翻訳の難しさと複雑さについて学びました。とても楽しかったです。でも私にとって最も大切な思い出はやっぱり皆さんと一緒に日本語の授業を取る日常的な日です。皆さんや先生と一緒に勉強したり、日本語の作文を読む練習したり、日本語で話す練習したり、笑ったり…そうゆう日々がなぜか忘れられない大切な思い出になってしまいました。今は学期がもうすぐ終わりますが、皆さんのそれぞれの新しい学期や出会いや日本語の旅を私は応援しています。ちなみに、その前に、期末試験頑張ってくださいね。そして、いつか、また、皆さんでどこかへ会いましょう。
プロジェクト最終報告
タイトル「 能楽 」
- 起 (introduction):トピックの説明、選んだ理由
能楽は室町時代に貴族のために作られたドラマである。室町時代の三代目の将軍足利義満がお金でサポートしたそうだ。そして、二条良基(にじょうよしみと)という将軍の部下も能楽作りの手伝いをしたそうだ。二条良基は和歌の歌人「かじん:poet」で、連歌も最も上手だったそうだ。
このトピックを選んだ理由は「能面」、英語では「能マスク」という物はよくゲームや怪談話に出てくるからだ。そして、日本の伝統的な物にも興味があるため、能楽を選んだのである。
- 承 (content 1):今学期の成果(調べたこと、分かったこと、学んだこと、など)
今まで能楽について分かったことや学んだことなどたくさんある。例えば、どうして足利義満が能楽をサポートしたか。それは、貴族と庶民の生活に違いがなくてはいけないからである。かんあみは室町時代に最も有名な猿楽師だったそうだ。「猿楽」というのは英語で「Ancient
Japanese Comedy」のことである。室町時代の前は、エンターテインメントは猿楽と田楽だけだったそうだ。「田楽」というのはフィールドミュージックのことである。
足利義満はかんあみの猿楽の上手さについて聞いたため、1374年に京都の今雲神社に猿楽を見に行ったそうだ。その時、猿楽は庶民の好きなエンターテインメントだったため、貴族が見てはいけない物だった。能楽の前は、貴族のためのエンターテインメントは田楽だったが、足利義満はかんあみとかんあみの息子、ぜあみの猿楽のパフォーマンスを見て感動したという。その時から、足利義満はかんあみとぜあみにお金でサポートをし始めたそうだ。そして、侍たちも猿楽と田楽をサポートし始めた。つまり、能楽は猿楽と田楽を組み合わせたアートなのである。
義光より前は、お寺や神社などが猿楽にサポートをしたそうだ。そのため、猿楽の内容は砕けた話であった。東大寺、興福寺と春日大社が、猿楽をサポートをした場所だ。
能楽の特徴は「モノマネ」と「くせまい」だ。モノマネは英語で「imitation」で、くせまいは英語では「ダンス」のことだ。
また、能楽の話は「しゅらもの」と「かずらもの」という二種類に分かれていて、役は「して」と「わき」の二つに分かれている。まず、「して」というのはヒーローのことで、「わき」というのは英語では「priest」のことだ。そして、「しゅらもの」というのは「平家物語」や「源氏物語」の有名な侍の話で、「かずらもの」は女性がしてのやくをつとめる話だ。例えば、「あつもり」は有名なしゅらもので、「ののみや」は有名なかずらものだ。そして、なぜか、話の中の季節はたいてい秋で、「むげん」と「さび」と「ゆうげん」がテーマである。それから、会話は和歌のリズムで伝えられる。
後半:このプロジェクトの後半には、能楽で使う物語や和歌の言葉をもう少し調べて深く考えるようにすると決めた。それは、前半では、能楽について、ただの情報や歴史がばかりだったため、たくさんの情報だけだったらバランスが崩れ、発表の内容が面白くなくなるかもしれないからだ。能面や宗教の関係についても少しだけ話すが、能楽の物語や和歌の言葉にもっと集中するつもりだ。深く調べた後、能楽について分かった点がいくつがあった。
まず、能楽の話には現在物「げんざいもの」という分類もあるそうだ。このように呼ばれるのは、ヒーローの役は現在生きている人間だからだ。
さらに、かんあみが猿楽を能楽に変えたが、ぜあみがやまと猿楽をきれいな能楽というアートに変えたそうだ。大和猿楽を進化させるため、ぜあみは京都の貴族の文化や平安時代の貴族の文化や習慣をもとに、能楽を美しい芸術に変えたという。
だから、ぜあみが書いた能楽の話はいつも侍より宮廷文化に注目している。
そのため、ぜあみは「むげん」と「さび」を使って話を書いた。例えば、しゅらもの「あつもり」を少し話してみよう。この話では、一の谷合戦でくまがいなおざねが平の熱盛を殺したという。その後、なおざねは髪を切って僧侶となり、一の谷合戦の場所へ戻って祈りをささげる。ところが、なおざねはその場所で若い死神が敦盛と同じ曲を横笛で演奏をしているところをみた。その後、なおざねは夢委でその若い死神が敦盛だと分かった。そして、熱盛の魂が天国に行けるため、なおざねは祈りとくせまいをささげる。この話では、誰かを殺した後、償いをして心の平和を取り戻すというテーマが見られる。現在と違い、当日は戦争や病気などで若い時に死ぬことが日常的だった。死は貴族や庶民などを差別しない。ぜあみ
は その時代のその現実を能楽の話に使ったかもしれない。
そして、「ののみや」というかずらものも見てみよう。この物語は源氏物語で、源氏の最も嫉妬深い恋人、「ろくじょう」という女性の話だ。ぜあみのかずらものは、して役の感情に注目している。
· また、ぜあみの時代、秋は歌人の季節として人気だった。また、秋は夏と冬の季節の移り変わりで、命や愛や美しさなど切ない儚さを伝わるから能楽の物語の中で季節はいつも秋だと私は思う。
秋のこの切なさとぜあみの「さび]がろくじょうの和歌の言葉に見られる:
[秋は終りて、冬の風吹きすさぶ。
目に染みるほどの色も鮮やか、今はもはや消え失せたり。
昔を偲ぶよすがは何ぞや。]
「Autumn has drawn to a close
And the harsh winds blow;
Colors so brilliant
They pierced the senses
Have faded and vanished;
What remains now to recall
The memories of the past.」
さらに、能面についても調べた。能面はヒノキ材で作られていて、女面、狐面、鬼の面、天狗の面、などたくさん種類がある。でも、能面の面白さは着方によって違う。例えば、面の表現は無表情に掘られている
が、面を着て頭を下げたら、着ている人が寂しそうに、そして、頭を上に向けたら、着ている人がうれしそうに見えるそうだ。
また、宗教の関係につて、学者たちは能楽は室町時代のただのエンターテインメントか、それとも、儀式の目的もあったかについて違う意見を持っているそうだ。
最後に、能楽で使う楽器は、笛と、こつづみ、おおつづみ、太鼓だということも分かった。
- 転 (content2):大変だったこと、頑張ったこと
翻訳が少しむずかしかった。また、人や物の名前や単語などを漢字で書いた文字が正しいかどうかを確認する方法がない。例えば、どの漢字を使って「ののみや」や「かんあみ」という名前を書くかは分からない。
それに、だ・である体を使って文を書くのも難しい。です・ます体が最も使いやすい。
- 結(conclusion): プロジェクトが終わった今の気持ち、これからの目標
今の気持ちは、翻訳するのは難しいけれど、楽しい。そして、翻訳するのも多くのことが学べることに気付いた。それに、最後の発表が終われば、冬休みが近い。今学期はたくさんの人と出会い、たくさん学び、嬉しかったけれど、日本語301ともお別れする時が近いから、少しさびしい。学期と季節の終わりがいつも切なく感じる。
これからは、翻訳した経験をもとに、他の文の翻訳に挑戦するつもりだ。
最後に、よいクリスマスと、冬休みと、お正月を...
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